2006年12月31日

乙部 綾子のウェブログ

乙部 綾子

(1976年2月21日 - )
神奈川県横浜市出身

芸能事務所ケイダッシュの子会社パールダッシュ所属のパブリシティー(広報)担当。
血液型B型。
東京都立竹早高等学校、山脇学園短期大学卒業。
以前は株式会社ライブドアの広報担当(2006年3月17日付で退職)。



1996年に短大卒業後、日本エアシステムに契約制客室乗務員として就職し、3年半勤める。
その後、エジプト航空に移り、1年勤める。
その後バンコクの日本料理屋で働き、そこで商社マンの現在の夫と出会う。

2000年に商社マンとできちゃった結婚し退社する。
翌年に長男を出産。
しばらく専業主婦をしていたが、その後、別の外資系IT企業に勤め、事務業務をしている。

その後、堀江貴文のホームパーティで本人に直接売り込み、
2002年10月に当時の「オン・ザ・エッヂ」(現在のライブドア)に就職、
社長室 広報宣伝グループに配属された。

2003年1月にアシスタントマネージャーに昇進した。
当時、ライブドアには4人広報が居たが、乙部は堀江の取材依頼の調整を担当していた。
堀江と一緒にいることにより秘書とか不倫相手と言われた事が多いが、堀江には正式な担当秘書がいた。

2006年4月18日、大手芸能プロダクションケイダッシュの子会社パールダッシュに再就職した。
仕事は噂されていた芸能活動ではなく、一般企業やタレント等に対するパブリシティー担当を務める。




特徴

ブログは、ライブドアブログからアメーバブログに移籍し
「乙部綾子 オフィシャルブログ『オトベノオシゴト』」として、ほぼ毎日更新されている。

ライブドア時代に比べてトラックバック数は激減している。
ライブドアのものは、しばらく跡地として残っていたが、4月下旬に削除された。

「芸能活動は無い」と公言しているが
ライブドアの広報時代に「女優になりたい」や事務所の押切もえ、蛯原友里(エビちゃん)の「マネージャーになりたい」等
それを思わせる発言もしている。

現在は蛯原や押切の出演イベント等のコーディネートや司会などを行っている。

画像掲示板画夢洒裸で彼女のスレッドが立てられたり、
写真が掲載されると「スピードワゴンの小沢さんだ。」と誰かが書き込み、
“美人”広報という肩書きを皮肉るのが定番となっている。



出版物

ライブドア広報乙部綾子「私のポジティブ仕事術40のヒント」(双葉社)



『オトベノオシゴト』


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2006年12月30日

山口 勝平のウェブログ

山口 勝平

(本名:山口 光雄(やまぐち みつお)、1965年5月23日 - )
男性俳優、声優。
福岡県福岡市出身。
血液型はB型。
悟空所属。
劇団21世紀FOX所属。


『らんま1/2』(早乙女乱馬(通常時)役)、
映画『魔女の宅急便』(トンボ役)、
『犬夜叉』(犬夜叉役)、
『ONE PIECE』(ウソップ役)をはじめ、『DEATH NOTE』(L/竜崎役)、
『名探偵コナン』(工藤新一、怪盗キッド役)等、ミステリー・サスペンス作品への出演が多い。



デビュー前に、アニメのぬいぐるみショーにアルバイトで出演した際、
そのぬいぐるみの声優を担当していたのが日高のり子だった。

当時声優としてトップスターだった日高に「自分も声優になりたい」と語り、
後に『らんま1/2』で再会し、共演。
日高に語った夢を果たす事となる。

『らんま1/2』当時、新人だった山口に対して、
一部の原作ファンから「声のイメージが合わない」「演技に問題がある」等の厳しい批判も受けた。
この際、日高を始めとする先輩声優等に山口は励まされたという。

デビュー当時の山口は、技術的・精神的な面で、先輩声優であり、
相手役である日高に相談をして数多くの助言を受けていたという。

後に山口は「声優としての自分に深く影響を与えた人」として、真っ先に日高を挙げ、
「姉の様な存在」と尊敬の念を込めて語っている。
また『らんま1/2』を始め、数多くの共演をしている山寺宏一に関しても、
自分を叱咤激励してくれた先輩声優として、深く尊敬している事を公言している。

かつて日高が担当する『はいぱぁナイト』金曜の初期において、
『らんま1/2』でのイベント巡業で宿泊したホテルでの行動が原因で「早朝すっぽんぽん」と言うアダ名を命名されたことがある。

『らんま1/2』が、声優である山口にとって思い出深い作品の一つだった為か、
自らの長女の名前を『らんま1/2』のヒロインと同じ「あかね(漢字表記では茜)」と名付けている。

原作者が同一の高橋留美子作品である『犬夜叉』の収録では、
ヒロイン「かごめ」の名を「あかね」と言い間違え、相手役の雪野五月に叱られたという逸話もある。
また、鋼牙を良牙と言い間違えたこともある。

高橋留美子も『らんま1/2』での山口の演技を高く評価していたため、
『犬夜叉』アニメ製作時には「ただ一つのお願い」として山口を犬夜叉役に推薦した。

高橋原作のテレビアニメで主人公を2回演じた男性声優は山口のみ。

同じく2作で共演した辻谷耕史は山口を「天才的な集中力を持つ俳優」と評している。

日高のり子のエッセイ『のんこ』では、山口が挿絵を描いている。
今でも、日高に対しては頭が上がらず、日高の番組で半ば玩具扱いにされる事も珍しくない。






さるの王国
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2006年12月29日

眞鍋かをりのウェブログ

眞鍋かをり

(1981年3月31日 - )
女性タレントで元グラビアアイドル。
愛媛県西条市出身。
身長は公称165cmだが、自身のブログ内で162cmであると書いている。
姓の「眞鍋」の「眞(真)」は本人の意志により旧字体の「眞」を使用している。
ラテ欄では「真鍋」と表記される事が多い。

2005年12月5日にはニフティ(彼女のブログはニフティの「ココログ」に開設)が開設したサイト
「ブログ普及委員会」の委員長に就任した。

2006年1月、安全にPCを利用するための啓発活動として、
キャッチフレーズ「マナベにまなべ」を掲げ、「CHECK!PC」キャンペーンのイメージキャラクターに起用される。

2006年5月29日、ポッドキャスト番組「Tokyo Local」がスタートした。
制作は「ブジオ!」(後述)を放送していたTBSラジオ&コミュニケーションズの協力のもと、ニフティが手がけている。

2006年2月、スキンケアブランド「プロアクティブ」の日本市場キャスターに就任。
ニキビで悩んで「引きこもりだった」ことを告白。社長から「NO!ニキビーナス」の称号を贈られる。

2005年に「ウチくる!?」(フジテレビ)に出演した時に、
「よく横浜国立大学に合格しましたね」の質問に「入試の時に解答欄を間違えて記入したのに受かっちゃいました」と受け流した。

お酒の飲みっぷりがよく、「「ぷっ」すま」(テレビ朝日系)「笑瓶観光(後述)」などでお酒が出てくると勢いよく飲み始め、
ほどよく酔っ払って収録に参加している姿が見受けられる。

元彼がいつもレモン飴を舐めていたらしく、
「行列の出来る法律相談所」にてレモン飴を舐めた時に元彼とのキスを思い出したと発言した。
島田紳助から「若いのにええエピソードやわ〜」と絶賛された。

「ロンドンハーツ」(テレビ朝日系)で、タレントの森下千里に直接“嫌い”と言われ
「私の方が年上でしょ!」と激怒したがその後は余り気にしていない様である。

「井の中のカワズ君」(フジテレビ系)で「IT企業の社長って上から見下してるんじゃないかと思うんで何か嫌ですね」や
「「昨日○○のパーティーいってさ〜」とか言われるとはぁ〜?って感じで」と言いIT関連の男性が苦手であると語っている。

西条高校1年時の同窓生が『第16回全国高等学校クイズ選手権』に出場し優勝(クラスメイトであったかは不明)。

ボタンフェチという独特の趣向の持ち主でもあり、「行列の出来る法律相談所」等でボタンを噛んだり、
体にこすったりすると語っている。
またボタンを飲み込んで窒息しかけたことがある。
本人曰くボタンにも良いボタンと悪いボタンがあるとの事。

まだグラビア中心の仕事だった時代に「人気者でいこう!」の『芸能人常識チェック』で
「三杯酢の材料を3つ揃えよ」にとんでもない珍答をしたことがあった。

猫ひろしのネタを見て、カメラが回っているのにも関わらず、死ぬほど爆笑したことがある。

本名である「かをり」の由来は母親の友人の名前と告白。(中山道2005年9月22日放送分より)

2006年6月17日のハッスル・エイド2006にて、ゲストコメンテーターとして参加。

当初フジテレビ系列で全国放送が予定されていたため
(フジテレビによるPRIDE放送撤退にて同じDSEが主催するハッスルも自動的に地上波放送中止になる)、
「地上波要員」などという言われ方もしたが、PPV放送中、数々の名言を残し(え!?大根おろしで子供を!?等)、
ハッスルファンに驚異的なイメージを残し、ハッスルファンからも好意的に受け止められた。

2006年11月23日のハッスルマニア2006 にて、同じ事務所である海川ひとみが参戦したことにより、
ストーリーの流れで眞鍋もリングにあがり、アン・ジョー司令長官、
海川の対戦相手のジャイアント・バボとマイク合戦をやりあった。

また、この番組中、自分の体脂肪率が26%であることを暴露する。


眞鍋かをりのここだけの話
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2006年12月28日

青木 さやかのウェブログ

青木 さやか

(1973年3月27日 - )
お笑いタレント(ピン芸人)、女優。
本名、青木 沙耶加。

愛知県尾張旭市出身(生まれは愛知県瀬戸市)。
ワタナベエンターテインメント所属。


趣味は麻雀・パチンコ。
ブレイクする前は雀荘でアルバイトをしていた。
その雀荘の客と交際していたことがある。

かなりの高所恐怖症。
高さ3〜4mの歩道橋でも怖いという。

だが、「クイズプレゼンバラエティー Qさま!!」でおしおきとしてスカイダイビングをさせられ、
ロケでは終始おびえていた。
また「世界絶叫グランプリ」で急降下する絶叫マシンに乗せられ、司会なのに初代グランプリを獲得したりもしている。
「クイズプレゼンバラエティー Qさま!!」の企画「アイドルハンター」で、

水泳対決でアイドルに挑戦して無敵の強さ・5連勝を誇っていたが、水野裕子に初黒星を付けられてしまう。
水泳以外のスポーツはかなり不得意なようである。(「ロンドンハーツ」より。)

しばしばタモリから「女装したはなわ」と呼ばれている。

同じ愛知県出身の光浦靖子や中京地方ローカルタレントのいわた千登勢にはあまり好かれていないらしい。
例えば、光浦が幹事を務める飲み会には友近、山田花子、森三中、北陽、だいたひかるなど同世代の女芸人が参加しているが、
青木だけ仲間外れにされている。

しかし、光浦とは共演しているロンドンハーツのコーナー「格付けしあう女たち」で隣同士になったり、
愛のエプロンの正月スペシャルで一緒に餅つきをしたことがあることから、リップサービスのネタとも考えられる。
中京ローカルタレントの相川真一は大学のサークルの後輩で、青木さやかとは今でもメール交換をするなど仲が良い。
日本テレビ系のおしゃれカンケイに出演した際、相川が電話出演した。

東京ダイナマイトと共演すると、
メンバーの一人である松田大輔と「温泉こんにゃくアクロバットショウ」時代のネタを再現することが多い。
これまでに「Goro's Bar」2005年3月17日放映の回と、
2005年の「FNS ALL STARS 25時間テレビ」内「真夏の爆笑ヒットパレード」コーナーで実現した。
アナウンサー(特に若手の同性)に対し挑発的なリアクションをとることが多い。

とりわけ「愛のエプロン」MCの「しわアナ」こと武内絵美テレビ朝日アナウンサーとに対しては著しく、
作った料理が「しわを出すほどまずい」という評価を下されると「絶対こいつ追放してやる!!!!!!」などとキレまくっている。
もちろん武内アナも青木をよく思っておらず、結果として罵倒合戦になることもしばしば
(但し、「笑っていいとも!」や「Goro's Bar」では、女子アナと共演していてもバトルを起こすことは稀。
また、武内アナらと司会を務める「史上最強のメガヒットカラオケBEST100 完璧に歌って1000万円!!」でも
バトルは起こしていない)。

ラジオ番組「吉田照美のやる気MANMAN!」で青木がゲスト出演したとき、
最も嫌いなアナウンサーは鈴江奈々(日本テレビ)だと発言している。

しかし実際のところ、本気で喧嘩を吹っ掛けているというよりは“打てば響く”…つまり弄ると面白いリアクションが
得られそうな相手にアプローチをしている、というのが真相のようで、例えば東京スポーツに連載しているコラムでは、
件の武内アナについて実はプライベートではよくメール交換する仲である事を明かしている。

彼氏に女の影がいるかもしれないと言う心配をした時、寝言で彼の浮気相手を調べたところ、
その相手はまじかる☆タルるートくんで「たるるーたるるー」と話していたと語った。


あるテレビ番組で共演した事務所の先輩マルシアに「お前バカだろ」と言いキレてしまったため、
マルシアが帰りかける事件があった。

写真集「Où Voyez-vous?」中で、上半身に海ぶどう、下半身には貝殻を、水着代わりに着用したショットがある。
たまに、海ぶどうをもずくと間違えられるが、自分でも一度もずくと間違えたことがある。

2005年「FNS ALL STARS 25時間テレビ」中、FNS系列局が地元の“トリビア”を競い合う「トリビアの温泉」コーナーで
東海テレビが登場した時、東海テレビのアナウンサー入社試験を受けたことを明かした(不採用だった)。

また、同番組のエンディング恒例となっている、フジテレビ新人アナウンサーの提供スポンサー読みで、
新人アナ4人に混じってスポンサー読みを務めた。
これは人事異動免除お笑いフルマラソンを見事、完走した山中秀樹アナの立っての配慮だと言う。
ところがセリフは「以上の提供でお送りしました。」のみ(これはスタッフが「芸能人に提供読みをしたら
ミスする可能性極めて大きいだろう」と言う事からこうなったと言う)。

彼女のキャラから、本来ならばキレなければいけないものの、感極まって泣くという失態を演じてしまい、
後日「笑っていいとも!」でタモリにダメ出しをされた。

タランチュラアレルギー(2005年10月8日放映分の「世の中どこ見てんのよ!?ジャリバラ!」ロケで判明)。

ふかわりょうにプロポーズをしたことがあるらしい(2005年11月10日放送分うたばんより)。

2005年9月、テレビ番組などで紹介された彼氏・コージが、父親の逝去を受けて母親の実家である石垣島に帰る。

売れっ子で多忙な青木とは遠距離恋愛が困難ということになり、同年暮れ、この恋愛に終止符を打つ。

写真集の売上を各所で自慢して芸人であることを忘れる様な発言をし
「ネプリーグ」(フジテレビ)で石川亜沙美に「顔大きいですね〜。シーマンそっくり」と言われ、
「ロンドンハーツ」ではSHEILAに、コンプレックスなどを出されボロボロ状態にされた。

事実これはタレント達ばかりで無く、一般視聴者も薄々感じている事で、
「女性として美しくなっていく青木は素晴らしいのだが、余りにもそれを意識し笑いを忘れているのではないか」との声も
多くある。

メイクや衣装もどんどん派手になってきており、
お笑いタレントとしての青木さやかという立場を維持してほしいという人も多い為、
お笑いタレントとしても存在意義が問われるところだろう。

タバコは非常に良く吸う。

桜田淳子のモノマネをよくやる。



特技

ピアノが得意。人に聞いた曲を何も見ずにアドリブで弾くことができる。
バイオリンも弾くことができる
第7回ベストスイマー賞受賞(主催・日本スイミングクラブ協会)名誉水泳十段位



青木さやか日記
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2006年12月27日

中田 英寿のウェブログ

(1977年1月22日-)
山梨県甲府市出身
元日本代表、イタリア・セリエAなどに在籍した元サッカー選手。
愛称はヒデ。

2006年7月3日、自身のウェブサイトにて、現役引退を表明。
現在世界各地を旅している。

小学3年、8歳でサッカーを始める。
幼少期から高校まではFWとしてプレー。
甲府北中3年時にU-15(15歳以下日本代表)に選出され、
アジアユース選手権(U-16)で世界への第一歩を踏み出す。
以後は全ての年代別世界大会(U-17世界選手権、ワールドユース、アトランタオリンピック、シドニーオリンピック)に出場し、
存在感を見せる。

韮崎高校時代、2年時に高校選手権に出場、一人だけ圧倒的な存在感を放った中田は1995年、
Jリーグ全12クラブ中11クラブからオファーを受け、ベルマーレ平塚に入団。
翌年にゲームメイク能力を買われてトップ下にコンバートされる。

各年代の日本代表において主力として戦ってきた中田は、
1997年、小倉隆史の離脱により日韓親善試合で日本代表デビュー。
1998年、ワールドカップ・アジア最終予選で苦しむ日本代表をワールドカップ初出場へと導く原動力となっていく。

20歳で日本代表選手としてのポジションを不動のものとし、
フランスワールドカップではチームの核となりグループリーグの全3試合にフル出場。
そのプレーは海外のクラブに認められ、11クラブからオファーを受ける。
後に21歳の若さでイタリアのセリエA・ペルージャに移籍した。

2002年、日本は記念すべき地元開催の日韓ワールドカップで決勝トーナメントに進出。
中田は弱冠25歳で精神的にもチームを牽引する中心選手として全4試合を戦った。

この冬のマーケットで、中田に甚大な信頼を寄せるカルロ・マッツォーネ監督率いるボローニャに移籍。
セリエAと日本代表戦の過密日程でグロインペインを発症するもセリエA残留に貢献した。
その後フィオレンティーナへ移籍するが、大きな故障をしてこなかった中田は、
回復の目算を見誤り思ったようなプレーが出来ず、現地ファンから酷評されることとなる。

2005年、28歳で7年間住んだイタリアを離れ、
イギリスのFAプレミアリーグ・ボルトン・ワンダラーズに移籍。
ウェスト・ブロムウィッチ・アルビオン戦でセットプレーからプレミアリーグの初ゴールを記録する。
しかし日本代表戦の度にコンディションが落ちるなどでサム・アラダイス監督の信頼を得られず、
主にリーグ戦の途中出場とカップ戦に出場していたが、リーグ戦の終盤は5試合連続でスターティングメンバーとなり、
ドイツワールドカップに向けての試合勘に対する不安視を払拭した。

2006年6月、29歳で自身3大会連続3度目となるドイツワールドカップのグループリーグ全3試合にフル出場。
1分2敗で決勝トーナメントへの進出を阻まれたが、苦戦の中、第2戦のクロアチア戦ではマン・オブ・ザ・マッチに。
また、グループリーグ敗退国のベストイレブンにも選出された。

2006年7月3日、自身の公式HP上で現役引退を電撃表明。
現在、世界各国を旅する日々を送っているという。


プレイスタイル

ウイング、トップ下、ボランチなど、中盤ならどこでもこなすことができるが、
本人はトップ下でのプレーを好んでいる。
相手ディフェンスを切り裂くラストパスが最大の武器で、そのスピードとコースの正確性からキラーパスと称される。
フィジカルの強さ、ボディバランスの良さにも定評があり、ボールをキープし、
相手を引き寄せて味方がゴール方向に走る時間を作ってラストパスを出す、といったプレーもバリエーションの一つ。
戦術理解・状況分析と修正・コーチング・スペースメイキングなど、
目に見えないプレーのクオリティの高さも特徴でチームを引率しながら攻撃を組み立てることができる。
また、インサイドから出されるスピードと正確性の両方を兼ね備えたパスは、
世界でも数人しか出来ない高レベルのプレーであった。

日本代表では、トルシエ監督時代(1999年-2000年)3-5-2のトップ下で司令塔としてプレー。
ジーコジャパン初期(2002年)には4-4-2の2列目で中村俊輔と並んでプレー。
2005年6月、ボランチ小野伸二の離脱により、小笠原満男が2列目、中田は3列目から攻守に関わる
オールラウンダーのボランチとしてゲームメイクすることが多くなった。
チームメイトからは「中田は銀行。中田に預けておけば安心」と賞賛された。
また、近年は中村俊輔や小笠原満男に譲ることが多かったが、コーナーキックやフリーキックの名手であり、
主に鋭く曲がるボールを蹴る。




Hide’s Mail
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2006年12月26日

桜塚やっくんのウェブログ

桜塚やっくん
(1976年9月24日 - 男性)
お笑いタレント、声優。
通称「やっくん」。

以前は本名の斎藤 恭央(さいとう やすお)で活動していたが、改名した。
神奈川県出身。
日本大学高等学校、日本大学芸術学部映画学科演技コース卒。
トップコート所属。
血液型B型。
2006年に歌手としてもデビューした。


お笑いコンビあばれヌンチャクのツッコミ(場合によってはボケ)&絵描き&ネタ作成を行っていたが、コンビは解散。
芸を模索していたところ、オフィス★怪人社のIKKANにスケバンのネタをやろうと進言され、
「スケバン恐子」というキャラクターが作られた。
現在はこの桜塚やっくん(さくらづかやっくん)と改名し、「エンタの神様」(日本テレビ系列)を中心に活躍中である。

あばれヌンチャクとして活動していたことを知られたくなかったらしく、
うたばん出演時も石橋貴明らにしつこく問われたが自分では言わなかった。
しかし、ゲストで呼ばれていたコージー富田にあっけなくばらされた。

2002年にアニメ「満月をさがして」のオーディションを受け合格、
これをきっかけに声優としての活動をはじめる。
同作品では主役級のタクト・キラ役を演じ、その甘い声と繊細な役柄から若い女性のアニメファンを中心に支持を得た。
同番組の企画CDではタクト・キラ役で歌「ETERNAL SNOW」も披露している。
これが初めての歌の仕事であったことを、同時収録の声優対談で明かしている。

その後「やっくん」としてのブレイクもあり声優としては開店休業状態、
公式サイトにおいても全く触れられていないが、
本人はいくつかのインタビューで「人を喜ばせるのが好きだから、お笑いだけじゃなくドラマでも映画でもいい」
旨の発言をしており、「声優・斎藤恭央」の復活も視野に入れているようである。

昔ジャニーズJr.に所属していたこともあり、整った顔立ちをしている。
エンタの神様で、女性客から「やっちゃ〜ん」という声援が聞こえ「何でアタイの小学生時代の愛称を知ってるんだよ!」っと
突っ込み、自分で小学生時代の愛称を暴露した。
自身のブログでバンドをしていたことを語った。
その際には作詞などもしていたが、あまり真剣なものではなかったと記述している。


「スケバン恐子」
スカート丈の長いセーラー服(06年10月からスカーフが水色になった)、
竹刀、ロングのパーマかつらを装備した女装キャラクター。
一人称は「アタイ」。
コージー冨田に「あゆに似てるな」といわれたのをきっかけとして誕生。
関東スケバン連合の初代総長という設定。
舞台上から観客を指名しツッコミ役をさせるという芸風が評判となりブレイク。
2006年9月3日の「東京ガールズコレクション2006 A/winter」出演や、
映画「スケバン刑事 コードネーム=麻宮サキ」特命宣伝刑事にと、幅広いジャンルで活躍している。

ネタの内容は、スケバン恐子のボケに対して指定された言葉(例:「早いよっ!」「ダジャレかよ!」など)をツッコむというもの。

指名する観客の数は当初は3人だったが今は2人である。
観客を指名する際には、変わった呼び名を付けることがある。
女装キャラとしては異例の美形なため、女性ファンが多い。
観客に「カワイイ!」と言われると逆ギレする。
芸の内容上、ネタ時間の調整が比較的容易にできるため、生放送の帳尻合わせにも使われる。
大晦日のエンタの神様拡張版とも言える番組「輝け!今夜決定2005年お笑いネタのグランプリ」では
審査員が大賞を選考している間にネタを行っていた。



桜塚やっくんの見ないとがっかりだよ!!
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大塚 愛のウェブログ

大塚 愛

(本名同じ、1982年9月9日 - )

大阪府大阪市住之江区出身のシンガーソングライター。
大阪芸術大学短期大学部保育学科卒。
血液型O型。
所属レコード会社エイベックス、
所属プロダクションはエイベックス・エンタテインメント。
音楽プロデューサーはIkoman。


愛称は「愛ちん」。作詞・作曲のクレジットは「愛」。
同世代を中心に大きな人気を得ており、浜崎あゆみ・倖田來未と並んでエイベックスを代表する歌手。
関西弁を多用して人を笑わせることが多い、。
本人は趣味を「笑うこと」としている。
大学時代に幼稚園教諭・保育士の資格を習得。
本人曰く「歌手に挫折したら幼稚園の先生になる。昔からなりたかったんです」。
見立て似顔絵が得意。
ダウンタウンの浜田をヒヨコに見立てて描いたところ「小っちゃ!!」、
松本をボウリングの球に見立てて描いたところ「楳図かずおみたいやな!!」とつっこまれていたことも。
女優の真木よう子と「東京フレンズ」で共演して以来非常に仲が良く、
ハワイへ旅行に行ったり、2人でドライブしたり、手料理を作ってくれたりしている。
視力が悪く、コンタクトレンズを使用している。
自身のCDの初回盤(「桃ノ花ビラ」を除く)付属として書き下ろしで絵本を書いたり、
同レコード会社所属のラムジのCDジャケットのイラストを手掛けるなど、
絵本作家やイラストレーターとしても活動。
自作のキャラクターであるウサギの「LOVE」は大塚愛のマスコット的存在である。
ウサギを2匹飼っている。名前は「チョコ」と「ココア」。
もともとは学生時代の友人である西田真美とデュオ「HimawaRi」というグループで活動していた。
ヒット曲「さくらんぼ」はその時代に既に完成しており、
かつてはデュオによる歌唱がインターネット上で無償で公開されていたこともあった。
2002年、avexに送った自作のデモテープ(「大好きだよ。」等収録)が審査員の目にとまったことがデビューのきっかけとなり、
翌2003年9月10日にシングル「桃ノ花ビラ」でデビュー。




ai Think | 大塚 愛 Official Web Site
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2006年12月25日

押切 もえのウェブログ

押切 もえ

(1979年12月29日 - )

女性ファッションモデル。

本名同じ。
千葉県松戸市出身。
身長168cm。
血液型はA型。
パール所属。

本人が考案した内巻き・縦ロールの髪型は『押切巻き』
愛読書は太宰治。

昭和学院高校中退後、千葉県立市川西高等学校の一学年下に転入。
最初はまだ『読者モデル』という言葉がない時代のポップティーン、
その後雑誌「egg」の読者モデル時代にファンを増やし、再び雑誌「ポップティーン」の読者モデルへとステップアップしていく。
読者モデル時代には“トップのコギャル”と呼ばれ、
押切は「もえ」として、同じく当時の読者モデル「花子」と共に、女子高生達のカリスマ的存在でもあった。
「ポップティーン」卒業後も、当初は何度か紙面にゲスト登場したことがある。
若い女性に絶大な人気を誇る。
それに比べると、男性からの人気は今一つ。
2006年の春と秋に発売され、大好評となり、
2007年3月から月刊化されることになった「お姉さん系CanCam」(通称"AneCan")専属モデルにも抜擢され、
ますます「CanCam」の世界を広げている。
サイバーエージェントが提供する「アメーバブログ」でブログを開設しており、
同社の人気ランキングでは堂々の第一位である。
2006年9月22日、表参道ヒルズで行われた、紳士用ブランド「ダンヒル」のイベントで、
プロ野球のソフトバンクホークスに所属する、新垣渚投手との恋愛関係にあるのでは…との
一部ネット掲示板への書き込み・マスコミ報道について報道陣から質問があり、
「(交際は)ありません。なぜ、そんな話が広まるのか不思議です。」と否定した。
彼女の熱愛説(あくまで噂)はこれが初めてである。
2006年2月、週刊誌に石田純一から高級ワインを渡されているところを撮られた。ただ、疚しい関係ではないと言う。

押切もえ オフィシャルブログ 『Moemode』
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梨花のウェブログ

梨花
(1973年5月21日 - )

日本のファッションモデル、女性タレント、歌手。

本名:根中 千恵子(ねなか ちえこ)、東京都墨田区出身。

血液型はO型。スターダストプロモーション所属。 東京女子学園高等学校卒業。


身長165cm 体重42kg。
祖父はポーランド系オーストラリア人
(「フランス人のクウォーター」が定説だが)。


実妹は元タレント(引退)の中山史奈。
1993年、ファッション誌『JJ』や『CanCam』などに登場しデビュー。
以来現在に至るまでファッション誌でのモデル活動を展開し続けている。

芸名「梨花」は事務所の社長による命名。

数々の恋愛経験やスキャンダルを乗り越え、今やバラエティ番組に欠かせない存在となっている。
自ら面白ギャグを連発したり意味不明な発言をしたりしているのも事実で、
2004年上半期からは1週間に1回以上はバラエティ番組に出演している。
三十路を迎えて以降は、自分のおっぱいをアピールしたり、
「明日、脱毛するの♥」とコメントしたり、陰毛についてトークをしたりと、大好きな下ネタトークも好調である。
また貧乳疑惑を受けて、番組収録中に共演の女性タレント達におっぱいを見せて確認させたこともあり、
その様子はそのままオンエアされた。
誠に作りや嫌味の無いキャラが浸透してきて、ますます好感度上昇中である。
料理はあまり得意ではなく、『愛のエプロン』では数々の迷料理・珍料理で出演すればほぼ確実にジャッジマンを苦しめる。
ワーストエプロン大賞を2度グランプリを受賞したこともあり、本人も自作の料理を食べ苦しんだ経験がある。
一方、極たまに奇跡的とも言える旨い料理を作る事もあり、その料理で誉めて貰って嬉し涙を流したことがある。
実は意外と家庭的な性格である。
趣味は掃除で得意料理は煮物。
「男にはとことん尽くすタイプ」と公言する。
2005年8月23日放送の『徹子の部屋』で黒柳徹子に「今でもモデルやっているの?」と聞かれたが、
お約束通り「現役モデルです!」とアピール。
2005年4月9日放送の『めちゃ²イケてるッ!』SP「め茶の水女子校期末テスト第2弾」で、
理科のテストでアメーバを「ケボウミ」、社会のテストで万里の長城を「マザー牧場」と答えるなど珍解答を連発し
「ウルトラのバカ」に認定された。
この時に残した、Catherine(キャサリン)を「かざらない」とした和訳は、シリーズでも屈指の名解答として名高い。
また『行列のできる法律相談所』でも、過去に交際した男性タレントやスポーツ選手らが皆不幸になっていた事実を指摘され、
同じく島田紳助から「芸能界一のさげまん」と酷評された。
最近ではアーティスト『Rinka』として活動を始め、
シングル「XXX(Millions Kisses)」をリリースした。
2006年12月現在喫煙者である。


RinkaのHappyLife




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2006年12月24日

アウトロー&ゴキのウェブログ

アウトロー&ゴキ

あいのりカップル、アウトロー(本名:奥寺大)とゴキ(本名:森優理子)

歌舞伎町あーす新宿歯科の医院長と
ゲルマニウム温浴 うたた寝の森の店長さん。

2006年12月現在、
かなり頻繁に(1日数回)、ブログは更新されており、
いたって順調であることがうかがえる。



あーす新宿歯科 アウトロー&ゴキ
posted by タレントウェブログ調査隊 at 05:43 | Comment(0) | TrackBack(0) | あ〜な行 男性タレントのウェブログ
2006年12月23日

市川由衣のウェブログ

市川由衣

(1986年2月10日 - )

東京都出身

グラビアアイドル、女優、歌手。

研音所属。

血液型A 型。



中学一年生の頃に原宿でスカウト。

1999年にナムコ主催のオーディションにてグランプリを獲得。

2000年末からグラビアで活躍。

最近ではドラマにも進出。

NTT西日本インターネットCM「DEMPO」のWEBショートムービーに出演。



猫と「魔女の宅急便」が好き。

特技は和太鼓。

若手吉本芸人が大好きで、特にハリセンボンのファン。



出演

テレビドラマ
渋谷系女子プロレス(テレビ朝日)
時空警察ヴェッカーD-02(テレビ朝日)
ごくせん(日本テレビ)
逮捕しちゃうぞ(テレビ朝日)
ホットマン(TBS)
テレビ朝日-開局45周年記念ドラマスペシャル「流転の王妃・最後の皇弟」
ヤンキー母校に帰る(TBS)
ホットマン'04春スペシャル(TBS)
天国への応援歌 チアーズ〜チアリーディングにかけた青春〜(日本テレビ)
ワンダフルライフ(フジテレビ)
ホットマン2(TBS)
H2〜君といた日々(TBS) 雨宮ひかり役
菊次郎とさき(テレビ朝日)
アウトリミット(WOWOW)
輪舞曲(TBS)
愛と死をみつめて(テレビ朝日)
クロサギ(TBS)
ドラマ・コンプレックス「終戦記念特別ドラマ ひめゆり隊と同じ戦火を生きた少女の記録 最後のナイチンゲール」(日本テレビ)

映画
「呪怨」(2003年)
「呪霊 THE MOVIE」(2003年)
「呪怨2」(2003年)
「ゼブラーマン」(2004年)
「ZOO」 SEVEN ROOMS(2005年)
「アバウト・ラブ/関於愛」(2005年)
「スクールデイズ」(2005年)
「サイレン FORBIDDEN SIREN」(2006年)
「ラフ ROUGH」(2006年)
「NANA2」(2006年)主演・小松奈々役

ラジオ
「市川由衣のハラペコゆいにゃん!」ニッポン放送「目からウロコ!21」内(放送期間 2003年9月ー2004月3月)
「しんドル」JFN系(マンスリーパーソナリティとして2003年11月「Rainy November」、2004年7月担当)
「EYE-CLIPS」FM-FUJI(放送期間 2005年4月ー2006年3月)

CM
NEC「VALUESTER」
タクティー「ジェームス」
NTT西日本「DENPO」
HIS(旅行会社)「専属担当者編」「鮮度・安心・満足編」

PV
「男女6人夏物語」ケツメイシ(2006年)

DVD
「THE COMPLETE 市川由衣」(ハピネット・ピクチャーズ)
「キラ☆キラ エンジェル 市川由衣 YUIリスト宣言 Part1」(ジェネオン エンタテインメント)
「キラ☆キラ エンジェル 市川由衣 YUIリスト宣言 Part2」(ジェネオン エンタテインメント)
「フジテレビ ビジュアルクイーンオブザイヤー’02」(ポニーキャニオン)
「市川由衣 : yuiche! prego」(ジェネオン エンタテインメント)
「YUIリスト宣言Perfect HIPER」(ラインコミュニケーションズ)
「いちかわゆい」(ビデオメーカー)
「i-clips」(ポニーキャニオン)


ゆい☆DIARY
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藤原紀香のウェブログ

藤原紀香

(1971年6月28日 - )

兵庫県西宮市出身。

タレント、女優。

血液型A型。

神戸親和女子大学文学部英文科卒。

サムデイ所属。

ミス日本グランプリ受賞、

資格は英語検定2級 、着物着付け3級など。



1971年、兵庫県西宮市(宝塚市近郊)で生まれる。
1990年、親和女子高等学校卒業後神戸親和女子大学に進学
1992年、神戸親和女子大学在学中に、第24回ミス日本グランプリを受賞。
1993年、東レ水着キャンペーンガール、1994年、アサヒビールイメージガールとして活躍。
1995年、阪神・淡路大震災で被災し、「人生、いつ終わるかわからないから」と達観して上京。
1997年、映画『CAT'S EYE』で、泥棒三姉妹の長女の泪(るい)役を演じる。
1998年、フジテレビ系テレビドラマ『ハッピーマニア』に出演し高視聴率を記録した。
2000年、香港映画『CHINA STRIKE FORCE(邦題:スパイN)』 に出演。
CMにも数多く出演し、過去「CMの女王」と言われたこともある
(CM総合研究所のCMタレント年度別好感度ランキングで1999年と2000年に一位を記録)。
特に、J-PHONEのCMは衝撃的で、世間の話題を呼んだ。J-PHONEは藤原紀香のCMの効果で、急激にシェアを伸ばした。
2002年、日韓親善大使。
2006年11月15日、お笑い芸人の陣内智則と翌2007年に結婚することが報じられたが、本人は公式サイト[1]で報道を否定。陣内も自身が司会を務めるTVワイドショーの『なるトモ!』内で交際については認めたが、結婚は否定[2]。そういうふうに否定しながら、ついに結納を交わした[3]。  12月12日、「まだ決まっていないと言っただけで、ウソをついたわけではない」と公式ブログで述べて、それまでの「否定した」という巷間の解釈の誤りを指摘した。[4]
2006年、世界で一番ユーザーが多いソーシャルネットワーク、MySpaceをはじめる。
格闘技情報番組SRSの初代ビジュアルクイーンだったが、1999年に卒業。
その際、藤原の卒業を祝って、アンディ・フグ、桜庭和志、フランシスコ・フィリォなどの著名格闘家が一同に会し、
それぞれエキシビジョンマッチや演武を披露した。
そして、アンディ・フグが藤原に
「あなたがこの番組を卒業しても、あなたは格闘技の歴史の一部です。いつまでも格闘技を愛し続けてください。」
という言葉を贈った。藤原はそのことに心打たれたと、ジャンクSPORTS内で目に涙を浮かべながら語った。


norika's diary
posted by タレントウェブログ調査隊 at 09:19 | Comment(0) | TrackBack(0) | は〜わ行 女性タレントのウェブログ

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