ウエンツ 瑛士
(うえんつ えいじ・Wentz Eiji、本名同じ 1985年10月8日 - )
俳優・タレント・ミュージシャン。
東京都三鷹市出身。
てんびん座、O型。
学校法人武蔵野東学園武蔵野東小学校-武蔵野東中学校卒業。
日本大学櫻丘高等学校卒業。
バーニングプロダクション所属。
シンガーソングライター・デュオ「WaT」のメンバー。
NBA選手に憧れ小・中・高とバスケットボール部に所属(中学時代には関東代表に)、
部活引退後は地元のクラブチームに入っていたことも。
小学生時代は器械体操や野球のクラブ活動もしていた。
冬になると決まった友人らとスノーボードに行くらしく、かなりの腕前らしい。
かなりのドラゴンボールマニアで、
『ダウンタウンDX』では同じくドラゴンボールマニアのえなりかずきと互いにマニアックなクイズを出し合い、
他の出演者やスタジオの観客をドン引きさせていた一面も。
(このなかで、ネイルの戦闘力をえなりが「45000」と答えたのに対し、
ウエンツはすかさず「正解!」と言ったが実際は「42000」。正解より笑いを優先したと思われる)
家族
家族構成は父・母・5歳上の兄・ウエンツの4人。
ウエンツ以外は全員英語が話せる。
両親がウエンツに英語教育をしなかったのは「日本で暮らすのだから」「どちらの言葉も中途半端にならないように」という方針から。
父親はドイツ系アメリカ人で目の色はグリーン(緑・蛍光黄色)。
仕事で来日、母親と社内恋愛で結婚。
名前はマイケル。
母親は英語しか話せなかった父と会話するためECCに通い、
最終的に優秀賞を受賞するほどの腕前に。
兄はまるっきり日本人の顔をしており、一緒にいても兄弟に見られたことがない。
しかし自らECCに通い勉強したため、英語はペラペラでアメリカの大学へ留学経験もある。
非常に兄弟仲が良く、ウエンツは優しくておっとりしている兄のことが大好き。
父親は叱るときなど感情が高ぶると英語が出るらしく、
そういう時はひたすら「Yes… Yes…」でごまかす。
本人曰く「英語を喋れる遺伝子がどこにあるのか見つからない」。
またウエンツ以外の全員がゾロ目の誕生日(母親は7月7日)。
そのため母親はウエンツも何とか10月10日に産もうと頑張ったが、結局8日に誕生。
ゾロ目に生んであげられなかったことをとても悔やんでるらしい。
両親は共働きなため、子供の頃は母方の祖父母の家で過ごすことが多かった。
おばあちゃんには「瑛さん」と呼ばれている。
一人暮らしをしている家で飼っている犬は「オザワくん」といい、
名前の由来はスピードワゴンの井戸田が相方小沢に引っ越し祝いでプレゼントしようとしたが、
小沢が大の犬嫌いだったため譲り受けたことから。
普段は「オザ君」などと呼んでいる。
犬種は、ワイヤーヘアード・ミニチュア・ダックス。
同じく家では猫の「ナナ」も飼っている。
ナナは子どもの頃に拾った雑種の猫で、始めはどうにかして頭の上で飼おうとしていた(当然断念)。
1985年10月8日誕生。
生まれた時は白に近い金髪で、目の色も現在よりグリーンがかっていた。
大人になるにつれて髪も目の色素も徐々に濃くなったらしい。
子どもの頃は金髪であったため、クラスでひとりだけ「金髪」「外人」と呼ばれたり、指を指されたりしていた。
あまり多くを語らないが、外見による偏見で辛い経験をしてきている。
また英語が話せないことも含め、外見と中身の相違に強いコンプレックスを抱いてきた。
後に本人は、「コンプレックスが武器に。人生は何が奏功するか分からないものです。」と語っている(19歳当時)。
小学1年生の時、周りから違う目で見られることで改めて「俺、アメリカ人なんだ…」と意識しだす。
小学4年生の時、3年生から英語の授業が始まったため一生懸命勉強していたが、
「俺、英語しゃべれねぇ…」と才能の無さに気づく。
小学6年生の時、それまでは英語を勉強している姿を笑われたり外見のことでいろいろ言われることに苦痛を感じていたが、
そのことを逆に笑いに変え「俺の外見、おいしい」と思えるようになり前向きに生きだす。
母親曰く、幼い頃からおしゃべりで1人でベラベラ喋っていたらしい。
小学生の頃には母親に「俺は家の中心にいたいんだ!」と言った。
幼い頃からなぜか英語に拒否反応を示し、「ハロー」と挨拶されても「こんにちは」と返していたらしい。
本人にも理由はわからないらしく「両親も困惑したと思います」と語っている。
美味しくはないが癖になるという理由で蛍を食べていた。
それを見た父親がビックリして叱るが、「エイジ、ホタル、タベタ!!」とカタコトだったため理解できず
(しかし怒られていることは理解できたのでやめた)。
兄は厳しく、ウエンツはわりと放任主義で育てられた。
幼い頃、親に怒られ兄と共に家の外に締め出されたとき、何を思ったのか傍にあったおもちゃで窓ガラスを割り、家に入った。
「この子はちょっとおかしい」と唖然とした親はさらに叱らなくなったらしい。
小学5年生の時、学校で友達からその日そろばん検定の試験があると聞き、
勉強をしていなかったため教室から抜け出し逃走。
迷わずまっすぐ帰宅。
しかし、忽然と姿を消したウエンツに焦った学校側は、仕事先の母親の元に「誘拐された!」と連絡するなど騒動に。
小学校時代のあだ名はシタンツ。(他ウエンツスターソースなど)
野球の試合で、レギュラーではなかったのでベンチにいると、
相手チームに「助っ人外人選手入れてるよ!」と勘違いされ、
試合に出ていないのは最後の切り札であるためかと恐れられていた。
小学校1年から6年までずっとひとりの女の子に片思いをしていたが、
中学生になり告白しようと思った矢先にその子が転校してしまった。
(転校後その女の子から手紙が来て『本当は好きだった』と書いてあり、実は両思いだった)
4歳でモデルデビュー、芸能活動を開始。
多くの雑誌・CMを始め、NHKの人気子ども番組『天才てれびくん』に2代目てれび戦士として登場
(その後5年間に渡りレギュラー出演)。
当時、子役達の間では「舞台の貴公子」と呼ばれ憧れの的だった(元子役談)。
母親は俗に言うステージママではないので、
1人で電車に乗り仕事に行くことも多かった。
『とんねるずの生でダラダラいかせて!!』の「第1回ダンディ小学生選手権」に出演した事がある。
『天才てれびくん』卒業後、すぐにジャニーズ事務所からスカウトがあったが
「踊りが嫌い」「お笑いが好きだから」という理由で断った。
また、それまで所属していた事務所も辞め一時芸能界を引退。
中3から高1の夏まで約1年半、普通の生活をしていた。
その後、16歳で現在の事務所から芸能界に復帰。
ちなみに現在所属しているバーニングプロダクションへは、
それまでの彼の活動に注目した郷ひろみが事務所側に推薦したことによりスカウトされて入った。
馬が好きで、真面目に競馬学校への進学を考えていた
(小学校の卒業文集には「騎手になりたい」と書いている)。
しかし中学の3年間で身長が30cmも伸びたため断念。
学校の成績が大変良く、高校(日本大学櫻丘高等学校)では学年約400名中8位までいった。
本人は国語と数学のどちらも好きで、特に漢文が面白かったと語っている。
しかし、英語は苦手意識が強過ぎてなかなか伸びずテストで赤点をとったこともあるほど。
が、その外見のため高校入学当初には英語のテストで両隣の生徒にカンニングされた。
ウエンツはその生徒達のテスト結果に対し「天罰だ」と語っている。
また、自身が受験の際に通っていた個人塾で塾講師のバイトをしていたことも。
マンツーマンで小学生に国語や算数を教えていた。
高校の文化祭では実行委員を勤め、舞台の照明を担当。意外と地味な作業が好き。
自称ものすごい勉強法を考案、名づけて「全裸勉強法」。
当時ウエンツは部屋にある机の高さが高すぎて思うように集中できず、
床やベッドだと寝てしまうため、いつも家族が寝静まった後にリビングで勉強をしていた。
しかし夜遅いので眠い。
そこで考え出したのが全裸勉強法である。
その理由と効果について「いつ家族が起きてくるかわからない緊張感」
「冬は寒くて眠れないんですよ、全裸だと」「自然と一体化して頭に入る」と語っている。
(当時17歳『踊る!さんま御殿!!』より)。
キャラ
端正なルックスにも関わらず、笑いのためならケツも出すと言うほどの芸人根性の持ち主であり、
若手お笑い芸人に近いポジションと言われている。またその実力から多くの若手芸人達から恐れられているらしい。
モデル出身というハーフの美形でありながら、
10代後半にして芸人に混ざりひな壇の常連になるなど、
これまでの芸能界史上で前例が無いと言われる独自の路線を切り開いている。
主にバラエティ番組でのトークに定評があり、
ヘタレキャラや自虐ネタをベースとした泣き芸・キレ芸・リアクション芸を得意とし、
たまにそのシュールな思考回路を披露することも。
笑いに対する貪欲さと勉強量は半端ではなく、
その熱心さは明石家さんま・関根勤・今田耕司など多くの芸人らからも認められるもの。
また製作人の間では、その状況判断力や笑いに対する嗅覚が注目されているらしく、
番組で若手芸人をキャスティングする際にも芸人らと並んでついつい「ウエンツ瑛士」と書いてしまうらしい(放送作家談)。
出演した番組は録画してチェック。
自分の発言の何が使われ何がカットされているかを確認し、
編集のコメントチョイスを研究・分析するなど、恐るべき向上心の持ち主らしい(放送作家・海老克哉談)。
「なんでそんなに」「お前進む道間違ってる」「ウエンツはどこに行こうとしているのか」などといたるところで言われるが、
当の本人に全く変わる気は見られない。
師匠、山崎邦正
尊敬する人は『山崎邦正』。
お笑い芸人の山崎邦正とは師弟関係にあり、毎年一緒に隅田川の花火大会に行っているらしい。
NHK『天才てれびくん』での共演がきっかけで知り合い、多大な影響を受けその当時からずっと慕い続けている。
師匠からの教えは『困ったら大声を出せ』。
(「つまったら歌を歌え」などもあり)
芸能活動を辞めている間(子ども時代参照)、
花火大会に行った時に山崎から結婚することを打ち明けられた。
山崎は誰よりも先にウエンツにその話をしてくれたらしく、
「嫁のお腹に子どもがおる。お前は俺の息子みたいなもんやから、子どもが生まれたらお前に妹ができるな。」と言ってくれた。
その言葉に感動し、芸能界への復帰を決意したらしい。(『HEY!HEY!HEY!』より)
しかし、ウエンツにとって師匠は「神的存在」であるため、
直接教えを請うのは今田耕司、宮迫博之、品川祐などお笑いの先生である。
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2007年01月15日
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